デス・オーバチュア
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「願いを言いなさい。どんな願いでも叶えてあげる」 『魔女』は言った。 『青年』は己が願いを口にする。 「……なんて愚かな願い……」 それは反則の願いだった。 けれど、今までその反則の願いを口にした者達とこの青年は違う。 今までの者達は貪欲、強欲、尽きることなき欲望ゆえに願ったが、この青年はたった一つの細やかな想いから願ったのだ。 富も名誉も力も、望めば世界すら手にはいると言うのに、彼が願ったのは何の価値もないくだらないモノ……。 「その願いだけは叶わない……叶えてあげることはできないのよ……」 だから、代わりにあなたには『時間』をあげる。 願い、想いを叶えてあげられないせめてもの償いに、あなたに『永遠』をあげる……願いが叶う日を時の果てまで待ち続けられるように……。 月の綺麗な夜だった。 ここは極東、世界の最も東の果てに存在する島国。 その小さな島国のとある山奥に、小さな庵があった。 都の人々に『鬼』と呼び恐れられている男の住む庵が……。 「いやいや、捜したよ。まさか、こんな辺境の果てにいるとは思いもしなったよ」 呟いたのは悪趣味なまでに豪奢な青年。 一目で上質と解る布地の白い上下のスーツには、無数の青い薔薇の刺繍がされていた。 髪は少し青みがかった白髪。 白髪でありながら歳をとって色素がぬけた力ない色ではなく、淡く光り輝く幻想的な美しさを持つ白髪だった。 瞳は蒼穹の空のような澄んだ青。 豪華、絢爛、高貴……といった言葉が人の姿を成したかのような青年だった。 「私の名はハーミット、ガルディア十三騎の一人にして、ガルディア皇家の高貴なる青い血を引く者だ」 派手な青年……ハーミットは無意味にポーズを極めながら自己紹介する。 「…………」 ハーミットの自己紹介に、庵の中の『男』は何の反応も見せなかった。 青い和服(極東の着物)を着流した男は、ハーミットに背中を向けて、月を眺めながら杯を傾けている。 「おい、聞いているのか!?」 ハーミットが口調を荒立てた。 「…………」 そもそも、男が月見酒を楽しんでいた所に、ハーミットが突然押し入ってきたのである。 男にしてみれば、ハーミットを相手にしてやらなければいけない理由など何もなかった。 男はハーミットの存在を完全に無視して、大杯に手酌した極東酒を一気に飲み干す。 「徒人(普通の人間)の分際でこの高貴で偉大なる私を無視するなっ! こちらを向け、斬鉄剣のディーン!」 ハーミットは、男の名を呼んだ。 男は、ハーミットの声を無視して、大杯に新しい酒を注ぐ。 「喜べ、君を私の下僕にしてやるというのだ!」 ハーミットは、男がこちらを振り向かないことを、返事をしないことを認めたというより諦めたのか、構わず一人で語りだした。 「なあに、伝説の騎士サウザンドやガイの奴に比べれば知名度の劣る君だが、私の祝福を受け入れれば、遙かに凌ぐ強さを得られることだろう」 大杯を呷っていた男の動きがピタリと止まる。 ハーミットは、男の変化には気づかず、指をパチンと鳴らした。 周囲の木々から、庵を取り囲むように、五十人近い『生きた屍』のような兵士が姿を現す。 「ちなみに君に拒否権はない。嫌でも私の下僕になって……」 大杯の握り潰される派手な音が、ハーミットの声を遮った。 「……誰が……誰に劣るって……」 男が初めて口を開く。 そして、立ち上がると同時に、ハーミットの方を振り返った。 空よりも、海よりも、深く美しい原色たる青の髪と瞳。 年の頃は十八前後、青い着物(和服)をザラッと着流した美形の青年だった。 「ほう……予想外に若い……えっ?」 突然、ハーミットの横を何かが疾風のように駆け抜ける。 青い青年……ディーンの姿が庵の中から消えていた。 「まさか……」 そんなことはありえないと思いながら、ハーミットは背後を振り返る。 森の入口にディーンが居た。 ディーンはハーミットの横を文字通り疾風のように駆け抜けたのである。 交差されてる彼の両手には、それぞれ青い曲剣が握られていた。 青い曲剣など体のどこにも身につけていなかったし、部屋のどこにも置かれていなかったはずなのに、青い二振りの曲剣は確かにディーンの両手に存在している。 「殲風院流壱ノ太刀(せんぷういんりゅういちのたち)……疾風(しっぷう)……」 ディーンが剣と同じく、いつの間にか両腰に出現していた鞘に曲剣を収めた瞬間、庵を包囲していた全ての兵士が、上半身と下半身を両断された。 「なあっ!? 私のグレイティストアーミー(偉大な軍隊)が……貴様、どんな手品を使った!?」 「ああん? 見ていなかったのかよ? ただ斬っただけに決まっているだろう」 ハーミットの方を振り向いたかと思うと、ディーンの姿が再び消える。 「うっ……なっ?」 「こっちだこっち」 ハーミットが声のした方を振り返ると、ディーンは庵を背にして立っていた。 「な……なるほど……確かに『速さ』だけは大したものだな……それだけは私より優れていると認めてあげよう……だがまだだっ! 目覚めよ、我が偉大なる兵士達よ!」 ハーミットは勝ち誇った表情で、指を鳴らす。 「…………」 ディーンはいつのまにか、右手に持っていたトックリ(極東酒を入れた大きな器)に直接口をつけた。 「んぐっ……で、俺はいつまで待てばいいんだ、そこの阿呆?」 ハーミットは指を鳴らした後の格好付けたポーズで固まっている。 彼の予定と違って、指を鳴らしても何も起こらなかったからだ。 本当なら、彼が指を鳴らした瞬間、胴を真っ二つにされた兵士達の上半身が浮かび上がり、ディーンに襲いかかるはずだったのである。 「間抜けが、俺はちゃんと『斬った』といったはずだ。それは、てめえが屍共に注いでいた『力』の流れも例外じゃない」 「馬鹿な!? 私の祝福を……支配を断ち切っただとっ!? 力……エナジーを断つ……まさか、貴様……勇……ぐほおぉっ!?」 ハーミットが吹き飛び、大木に叩きつけられた。 一瞬で間合いを詰めたディーンがハーミットを蹴り飛ばしたのである。 「勇者(偽善者)なんかと俺を一緒にするんじゃねえよ。俺のはただの斬の現象概念の応用だ、屑」 ディーンは、右手に持ったトックリから酒を飲みながら、左手で右腰から曲剣を抜刀した。 「斬の概念だと……ガイと同じ……」 「だからよう……」 ハーミットは動けない、大木に叩きつけられたダメージからではなく、彼を見下ろすディーンの放つ得体の知れない威圧感によって……。 「俺をあんな餓鬼と一緒にするんじゃねえよっ!」 「あっ……あああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」 ディーンが左手の曲剣を振り下ろすと、凄まじい烈風が巻き起こりハーミットを空の彼方へと吹き飛ばした。 「殲風院流弐ノ太刀(せんぷういんりゅうにのたち)……烈風・片刃(れっぷう・かたは)……いや、これじゃあ烈風ではなく微風(びふう)……そよ風といったところか……」 呟きと共に、曲剣を鞘へと収める。 「海水に漬かって頭を冷やしやがれ、斬る価値すらない屑が……」 これ以上なく手加減したので、剣風で体が消し飛ぶこともなく……丁度、海の辺りまで吹き飛ぶだけで済んだはずだ。 「ちっ、せっかくの月見酒が台無しだぜ……飲み直しだ、飲み直し」 ディーンは踵を返し、庵へと歩き出す。 だが、彼はすぐに足を止めた。 「腕は落ちていないみたいだな、斬鉄剣のディーン……いや、殲風の紺青鬼(こんじょうき)……」 声と共に森の中から、黒いロングコートの銀髪の青年が姿を現す。 ディーンはこの青年の存在に気づいたから足を止めたのだ。 「おい、餓鬼……」 フッと風が流れるようにして、ディーンの姿がガイの前から消える。 「それが師に対する口のきき方か、この失敗作がぁっ!」 「がああっ!?」 ディーンは銀髪の青年……ガイ・リフレインの背後に出現すると同時に、彼の脳天に思いっきり右足で踵落としを叩き込むのだった。 「うおおおおおおおおおおおぉぉっ……!?」 ハーミットは隕石のように、海辺の砂場に落下した。 数秒後、砂場にできたクレーターのような大穴の中から、ハーミットが這い出てくる。 「おのれ……斬鉄剣のディーン……この私を……よくも……」 ディーンに対する恨み言を呟きながら、大穴から這い出したハーミットは、体に付着した砂埃を手で払った。 これでも十三騎の一人にして、傍系とはいえガルディア皇族の血を引く者である、この程度で死にはしない。 「つっ……海に落ちるのと、砂で汚れるのどちらがマシだったのか……?」 後数メートル飛ばされていたら、海の中に落ちるところだった。 まあ、海だろうが、砂だろうが、どちらにしろ屈辱的なことに代わりはない。 「……ん?」 海の向こうから、聞き覚えのある音が聞こえた気がした。 「竪琴?」 音は段々とはっきりと聞こえてくる。 「……ヒュノプス……」 ハーミットには、白い法衣(ローブ)を羽織ったダークブロンドの少年が、海の上を歩いて、こちらに渡ってくるのがハッキリと見えた。 「ふん、随分と華麗で優雅じゃないか……生意気に……」 ハーミットは、自分以外が目立つのはあまり好きではない。 早い話、気に入らなかった。 「やあ、ヒュノプス……どうせなら、海を二つに割って歩いてきたらどうだい? もっと絵になるんじゃないかな?」 互いに声の届く間合いにまでヒュノプスがやってくると、ハーミットは本気なのか冗談なのか嫌みなのか解りづらい発言で挨拶をする。 ヒュノプスは返事の代わりに演奏をやめ、竪琴を一撫でだけして応えた。 その余裕ありげな表情が、やろうと思えばできる、お望みならしようか?……と言っているかのようにハーミットには見える。 「……そうだったね、君はアウローラとしか口をきかないんだった。しかし、何しに来たのかぐ……何だい?」 ヒュノプスがハーミットの背後を指差した次の瞬間、世界が突然暗闇に閉ざされた。 「ヒュノプス?」 目の前に居たはずのヒュノプスの姿も気配も完全に消え去っている。 「あははははははははは〜っ♪」 楽しげな高笑が聞こえてきた。 声のした方を振り返ると、何もなく、一筋の明かりすらなかったはずの完全な暗闇の世界に、満月が出現し、月光が地上を照らし出す。 そこは桜の森だった。 この世界にあるのは数え切れない数の満開の桜の木だけ、そして、儚く美しく舞い散る無数の桜の花びら……。 怖いほどに美しい、夜桜だけの世界だ。 「狂桜獄(きょうろうごく)へようこそ〜♪」 月光のスポットライト(照明)を浴びて、桜吹雪の中に一人の少女が出現する。 少女は、桜色の袴と桜模様な和風の衣を着こなし、その上にさらに、黒の無地な上衣(着物)をコートのように羽織っていた。 髪は袴と同じ桜色のストレートロング、背中に斜めに長刀を、後ろ腰に短刀を背負っている。 和服(着物)と極東刀(刀)という本来は似合うはずの組合せなのに、なぜか調和がとれていないように見えた。 だが、もっと明らかに調和を乱しているモノがあった。 それは彼女の瞳を隠すサングラス(黒眼鏡)。 東方(より正確に言うなら極東)風な衣装の中で、それだけが西方風な物であり、この上なく浮いていた。 「君はいったい……此処はどこだ……?」 「あははーっ、だから言ったじゃないですか、狂桜獄って……桜の狂い咲く牢獄……それとも地獄ですかね?」 「牢獄? 地獄?」 「えっと、あなた、波長からすると神属系ですよね〜? じゃあ、こっちですね」 少女は背中の長刀を鞘から抜刀する。 「ん? ああ、確かに私は神人たるガルディア皇家の血を……」 「まあ、ここが何処かそんなに気になるなら、あなたの墓場とでも思ってくださいな〜」 「なっ!?」 「桜が赤く美しく咲くのは……下に死体が埋まっているから……最初にそう言いだしたのは誰なんでしょうね?」 少女は両手で長刀を握り直すと、正眼に構えた。 「なっ、私と戦うつもりなのか!? 何のために? そもそも君は何……」 「いえいえ、戦ったりなんてしませんよ……ただ殺すだけです。あなたにはわたしの桜の養分になってもらいましょうか〜」 少女の周囲を桜の花びらが渦巻いていく。 「殲風院流終ノ太刀(せんぷういんりゅうしゅうのたち)…… 旋風・片刃(せんぷう・かたは)!!!」 「う……うぎゃあああああああああああああああっ!」 少女の黒刃の長刀から解き放たれた螺旋状の桜吹雪がハーミットを呑み込んで、夜空を穿つようにして消え去っていった。 「あらあら、断末魔は気取っていないんですね」 少女が長刀を鞘に収めた瞬間、狂い咲く桜の夜が消え、世界は夜の海辺へと戻る。 「う〜ん、今のだと仕留められたか微妙ですね〜。師匠だったら片刃でも120%殲滅できるんでしょうが……」 「…………」 少女の呟きに、竪琴の音が応えた。 「ええ、あの人なら通常世界に戻って吹き飛んでいきましたよ。わたしはまだまだ未熟ですので、壊し(殺し)きれていないかもしれません。生死の確認お願いしますね〜」 「…………」 ヒュノプスは返事の代わりに竪琴を一撫する。 「もし、完全にお亡くなりになっていたら……十三騎の『拾弐』を倒したのは、この殲風院桜(せんぷういん さくら)だと報告してくださいね〜♪」 「………」 ヒュノプスは了解したのか、了解していないのか、ただ竪琴を一撫でするだけだった。 「あははーっ、面白い方ですね、あなた。まあ、別に報告はそちらの方にして頂いてもいいんですけどね」 少女が視線を向けると、木々の間から、血のように真っ赤な騎士の鎧を纏った青紫の長髪と瞳の少女が姿を見せた。 「……気づいていたのですか……いえ、そんなことより、あなたは一体何者なのですか?」 赤い女騎士……闇騎士(ダークナイト)リーアベルトは、いつでも抜けるように腰の剣に手をあてたまま、少女に尋ねる。 「あははーっ、だから名乗ったじゃないですか、殲風院桜って。通りすがりのただの剣術少女ですよ〜」 「……ただの少女に十三騎を倒されては困ります……十三騎を倒した者は、次の十三騎に……」 「まあまあ、さっきの悪趣味なまでに派手な方もまだ生きているかもしれないじゃないですか、結論は急がない方がいいですよ。じゃあ、そういうことで、わたしはお使いの途中なのでこれで失礼させてもらいますね〜」 「あ、待っ……」 「では、ごきげんよう、眠神ヒュノプスさんに闇騎士リーアベルトさん」 少女は、砂場に置いてあった、極東酒のトックリを複数連結させた長棒を長刀の無い方の肩で担ぐと、物凄い早足で木々の中へと消えていった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |